【君たちはどう生きるか】を読んで

“コペル君、いま君は、大きな苦しみを感じている。
なぜ、それほど苦しまなければならないのか。
それはね、コペル君、君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。
「死んでしまいたい」と思うほど自分を責めるのは、君が正しい生き方を強く求めているからだ。”

 

「君たちはどう生きるか」を読みました。

原作は80年前に書かれた児童書みたいですが、よく本屋さんで見かけるなあと思ってたとこ、友人が持っていたので読ませてもらうことに。

ストーリーは中学2年生の「コぺルくん」が学校で起きる出来事、いじめなどに悩んでいます。そこに近所に住む「叔父さん」がコぺル君にアドバイスしていきます。

“世間の目よりも何よりも、君自身が、まず人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。”

叔父さんはコペル君の悩みをノートに綴って導いてあげます。

80年前の中学2年生に向けた叔父さんの言葉は今も変わらない温度で僕たちに問いかけます。決して答えはなく、あくまでも人間らしくとは?を自分で考え、魂で知ることだと。

これは僕の年代でも同じで、今も思春期のように自分を探していて、中学2年生のころに憧れた大人像は大人になるにつれ、壊れては直してのアップグレードを繰り返し、常に憧れは遠く、それを目標と呼んでもいいし夢と呼ぶのも自由だし、常にぶつかっていかなければ毎日の日常に流されてしまいそうで、だからこそ、「君たちはどう生きるか」と問いかけられると背筋がシュッと伸びるような思いにさせられます。

いじめ、裏切り、貧困…80年前も豊かになった今も変わらない問題は今も突き付けられている、僕らが何を望んで、何を選んで、何が出来るか。自分にとって正しいと思える道は人として、社会として、道徳に対して正しい道か。苦しみながら向かおうと思います。そんなことを考えさせてくれる、本でした。きっと読み手の環境、状態によっても刺さる場所が違ってくる筈です。どんな人が読んでも何か感じ取って自問してしまうでしょう「どう生きるか」を。